昔のコンテンツを復刻してますの不備もあるかと思いますので、ご了承ください。

[slide_tama path=/2000/egypt/pic prefiximg=img_ photo_num=136  start=26 end=38]

 

カフラー王。頂上部分に化粧石が残っています。

朝10時半、大阪から来たカップルと国際学生証を作りに行くことにした。サファリ近くから地下鉄(50pt)でタフリールに行き、日本領事館に行った。学生証とは関係ないが、彼らがシリアに行くためのレターを貰うためである。私はいつも短期なので、在外公館に行くのは初めてだった。その後、3人でタクシーでナイル中州のローダ島のエジプト学生旅行社に行った(1人1le)。日本に学生証を忘れてきたということにして、写真とパスポートを出して国際学生証を作った(40le)。おそらく、むこうも嘘だとは知っているとは思うけど。大学名は寄付金を払っているので母校にしておいた。
1時半サファリに戻った。兵要地誌は作戦の基本である。サファリにもかなり詳細な地図付き盗頂記はあったが、ピラミッド見物も兼ね内田隊員とギザに実地調査行くことにした。タフリールの考古学博物館横からエアコン付バスでギザに向かう(2le)。30分ほどでギザのピラミッド正面入り口に到着(img0034.jpg付近)。写真3435にあるように、隣にゴルフコースがあり、ピラミッド地区は台地になっていて、10mぐらいの砂の崖に囲まれている。午前中に作った学生証で入場(正規の半額の10le)。ラクダ引きが寄ってくるが無視。まず、盗頂時の進入ルートとなる東の墳墓群を調査した。3~5mの墳墓がいっぱい存在し、墳墓の間の通路には大きな石がゴロゴロしていて、さらに深さ3mぐらいの穴が空いている。過去の盗頂記を読むとここでポリスとの追いかけっこが繰り広げられたそうであるが、そうなった場合にはものすごくたいへんだ。でも、昼間にこのあたりを歩いている観光客はだれもいない。盗頂ルートはこの墳墓群から女王のピラミッド(クフ王隣の小さな3つのピラミッド)の下を通り、カフラー王と太陽の船博物館(img0032.jpg)間を抜けて、カフラー王に近い角から登るというものである。墳墓群や女王のピラミッドは身を隠すものがあるが、女王のピラミッドと太陽の船博物館の200mぐらいが身を隠すものがほとんどなく、レストハウスから丸見えになってしまうという最大の難所なのだ。
墳墓群を確認した後、カフラー王のピラミッドの周りを回った。メンカフラー王のピラミッド(上の地図には載っていない)は遠いのでやめておいた。カフラー王のピラミッドの頂上部分は化粧石が残っていて、かつてピラミッドは現在のような階段状ではなく、完璧な斜面だったことが分かる。そのため、カフラー王の盗頂はかなり困難なものになっており、さすがの「サファリ情報ノート」にも盗頂記録は少ない。
カフラー王に近い角の前に来ると、決して盗頂が簡単なものでなくかなり危険なものであることが実感できる(img0031.jpg)。写真からでも分かるように、1個の石の大きさは胸ぐらいの高さである。角から登ることが一番傾斜が緩くなるといっても、結構急だ。三角関数(tanθ)が不得意な人のために解説すると、ピラミッドの頂上から四隅が一番遠いので、登る角度が緩やかになる。因みに、一番急なのは各辺の真ん中(中点)。もし、警察に見つかったときは素早く10段ぐらいは登らなければならない。このとき試しに2段登ってみたけど、全身を使わなければ登れない。同士の内田隊員と大変だねと話しながら太陽の船博物館のところまで来ると、ここまで来たのだからということで、内田隊員は太陽の船博物館に入っていった。値段が20le(学生10le)+カメラ10leもするので、私は入り口で待っていた。10分ぐらいで内田隊員はでてきた、曰く「予想以上に大きい」とのこと。そしてピラミッドの石に貼ってある注意書き目にしたとき、今晩の成功を誓い合い、ピラミッドを後にした。
ピラミッドを離れて、今度は、ピラミッドへの進入ルートの下見を行った。上の地図でいうと「ギザのピラミッド」のミの字の道から、ゴルフ場づたいに歩いていった。もうこの辺は観光客がうろつく場所ではない。かつての盗頂ルートはゴルフ場に侵入するルート(通称:ゴルフ場コース)らしく、ゴルフ場の壁を乗り越えなければならなかった。そして、その壁は2mぐらいあるレンガ壁なのだが、なんとある部分が崩れかかっている(img0036.jpg)。盗頂記によれば、ドラム缶が置いてあるということだけど、なにもなかった。さらに、どんどん壁づたいに歩いていくと、ピラミッドを囲む砂の崖にたどり着き、ここからピラミッドエリアに侵入するのだ。
夜、ピラミッド行くときタクシーでピラミッド正門まで行っては行けない。タクシーはモスクの隣にあるホテルの前でおりなければならない。盗頂に必要な情報の収集を終え、またエアコンバス(2le)でカイロ市内に戻った。二人とも下見に真剣で、スフィンクスを観なかったことに気づいたのはカイロに戻ってからだった。
サファリに戻ると、この日の夜は日本大使館で日本映画上映会とかで「リストランテ・アモーレ」はお休みなので、ホテルにいた人と近くのレストランに行った。上映会に行った人たちは免税店に寄って輸入ビールを買ってきた。私も盗頂成功祝い用に2本分けてもらった(5le)。同士内田隊員はもう眠りに入っていたが、私は眠れなかった。


0件のコメント

コメントを残す

アバタープレースホルダー

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください